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山形地方裁判所 昭和58年(わ)31号 判決

裁判所書記官

高橋利夫

本籍

山形県鶴岡市鳥居町三三番地

住居

同県同市同町一番一二号

医師

藤吉欣也

昭和四年八月二八日生

本籍

山形県鶴岡市陽光町二番地

住居

同県同市同町二番六号

事務員

片桐勉

昭和二二年八月一七日生

右の両名に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官渋谷勇治出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人藤吉欣也を罰金三、五〇〇万円に、被告人片桐勉を懲役一年に各処する。

被告人藤吉欣也において右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

被告人片桐勉に対し、この裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人藤吉欣也は、山形県鶴岡市鳥居町一番二二号において、藤吉医院の名称で医療保健業を営んでいるもの、被告人片桐勉は、右藤吉医院の事務長として同医院の経理及び税務申告等の事務全般を統括している従業者であるが、被告人片桐勉は、被告人藤吉欣也の右業務に関し、所得税を免れようと企て、自由診療収入の一部を除外し、更に、医薬品仕入代金や従業員の給料を水増しして架空もしくは過大な経費を計上するなどの不正手段によって所得を秘匿した上

第一  昭和五四年分の実際の所得金額が一億四、五九五万三、六四五円で、これに対する所得税額は八、六六五万六、三〇〇円であるのに、昭和五五年三月一五日、同市泉町五番七〇号所在の所轄鶴岡税務署において、同税務署長に対し、同五四年分の所得金額が八、五二八万四、五九三円で、これに対する所得税額が四、二二七万一、九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により所得税四、四三八万四、四〇〇円をほ脱し

第二  昭和五五年分の実際の所得金額が一億五、六五七万三、五八四円で、これに対する所得税額は九、四〇九万九、四〇〇円であるのに、同五六年三月一六日、前記鶴岡税務署において、同税務署長に対し、みなし法人課税を選択した上、同五五年分のみなし法人所得額が一九三万六、一八七円、同個人課税総所得金額が五、九五八万八、二八一円で、これに対する合計総所得税額が二、四三七万五、〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正行為により所得税六、九七二万四、四〇〇円をほ脱し

第三  昭和五六年分の実際の所得金額が一億五、七〇二万九、八八七円で、これに対する所得税額は九、三二八万三、三〇〇円であるのに、同五七年三月一五日、前記鶴岡税務署において、同税務署長に対し、みなし法人課税を選択した上、同五六年分のみなし法人所得額が四〇五万二、〇一五円、同個人課税総所得金額が五、八七二万一、五〇〇円で、これに対する合計総所得税額が二、四一八万四、四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により所得税六、九〇九万八、九〇〇円をほ脱し

たものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実につき

一  被告人両名の当公判廷における各供述

一  被告人藤吉欣也の大蔵事務官に対する質問てん末書一一通及び検察官に対する供述調書

一  被告人片桐勉の大蔵事務官に対する質問てん末書一七通及び検察官に対する供述調書二通

一  被告人両名作成の上申書七通

一  被告人両名及び梅森克昭作成の上申書

一  藤吉久子及び加藤秀一の検察官に対する各供述調書

一  三浦隆一、板東洋右、五十嵐敏夫、斉藤琴、安藤美枝子、大久保ゆみ子、小林つね子の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  大蔵事務官作成の簿外預貯金等調査書、未収受取利息等調査書、マンション等調査書、仕入過大額調査書、借入金等調査書、未収金調査書、雑損調査書、有価証券等調査書、雑所得調査書、利子所得調査書、譲渡所得等調査書、仮払金調査書、事業主勘定調査書、経費調査書、銀行調査書(荘内銀行本店)、銀行調査書(荘内銀行北支店ほか)、証券会社調査書(日興証券新潟支店)及び同(野村証券山形支店ほか二支店)

一  長岡良一、富樫誠次、加藤吉郎(二通)、黒田延隆、小川裕、畠山栄、小笠原俊之、岡部栄一、三浦隆一、清野俊治、石寺龍生、後藤正喜、佐藤賢吉、丸山慎一、太田定治、山崎文雄、梅木五郎、大井清、斉藤紀及び小川拓治作成の各上申書

一  三浦忠一郎作成の証明書二通

一  唐沢正、畑崎良雄、小松信行、横山修二及び依田正美作成の取引内容照会に対する回答と題する各書面

一  検察事務官作成の電話要旨

一  押収してある証憑書(領収証)綴一冊(昭和五八年押第二二号の一)、固定資産台帳一冊(同押号の二)、小型ノート五冊(同押号の三乃至七)、仕入メモ(六〇枚)一冊(同押号の八)、総合口座通帳一冊(同押号の九)及び給料支給明細書(一五枚)(同押号の一〇)

判示第一の事実につき

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(五四・一・一~五四・一二・三一)

一  押収してある五四年分の所得税確定申告書一綴(同押号の一一)及び五四年分所得税青色申告決算書一綴(同押号の一五)

判示第二の事実につき

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(五五・一・一~五五・一二・三一)

一  押収してある五五年分の所得税確定申告書一綴(同押号の一二)及び五五年分所得税青色申告決算書一綴(同押号の一六)

判示第三の事実につき

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(五六・一・一~五六・一二・三一)

一  押収してある五六年分の所得税確定申告書一綴(同押号の一三)及び五六年分所得税青色申告決算書一綴(同押号の一七)

(法令の適用)

被告人片桐の判示第一及び第二の各所為は、いずれも行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律(以下、改正法と略称)による改正前の所得税法二三八条一項、一二〇条一項三号に、裁判時においては改正後の所得税法二三八条一項、一二〇条一項三号に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから刑法六条、一〇条によりいずれについても軽い行為時法の刑によることとし、判示第三の所為は所得税法二三八条一項に該当するところ、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役一年に処することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予することとする。

被告人片桐は、前記認定のとおり、被告人藤吉の従業者であって、被告人藤吉の業務に関し不正の行為により所得税を免れたものであるから、被告人藤吉の判示第一及び第二の各所為については前記改正法による改正前の所得税法二四四条一項、二三八条一項、一二〇条一項三号を適用し、かつ、各罪につき情状により同法二三八条二項をも適用することとし、判示第三の所為については所得税法二四四条一項、二三八条一項、一二〇条一項三号を適用し、かつ、情状により同法二三八条二項をも適用することとし、以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人藤吉を罰金三、五〇〇万円に処することとし、同法一八条により右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとする。

(量刑の理由)

本件は、医院を経営していた被告人藤吉の事務長であった被告人片桐が、昭和五四、五五、五六年度の三年度にわたって合計金一億八、三二〇万七、七〇〇円の所得税をほ脱した事案であるが、そのほ脱額は多額であるうえ、各年度の申告率は、昭和五四年度は四八パーセントではあるが、昭和五五、五六年度はいずれも約二五パーセントであって、その金額、規模からいって極めて重大な脱税事犯であるということができる。

被告人片桐が本件の脱税を企図した動機は、かねて物心両面にわたって恩義を受けていた被告人藤吉の税負担を軽減させようとしたことにあるが、その方法、態様は、自由診療、収入や雑収入等の収入の大部分について会計伝票を作成せず、取引先の医薬品会社の従業員と通じ過大な金額の請求書を作成させて仕入れ経費を水増し計上し、その反面、いわゆるキャッシュパックと称して一部の払戻しを受けていたほか、家事関連費等をも事業経費として計上するなど多岐にわたる不正な手段で所得を秘匿していたものであり、また、被告人藤吉においても右経理操作の概略を認識しこれを放任していたものであって、これら事案の性質、規模、内容等に鑑みるとまことに遺憾な事案といわなければならない。

しかしながら、被告人藤吉は本件査察後各年度の所得税の修正申告をして本税を納付したほか、延滞税、重加算税をも既に納付し、青色申告の承認取消処分も受けていること、本件が広く報道されるなどして有形無形の一定の社会的制裁を受けていること、被告人片桐は本件不正申告によって直接個人的には何らの利得もしていないこと、国税当局の査察に際し事案の解明に協力して反省の態度を示していること、その他被告人両名には前科がないことやその他被告人両名の家庭状況等をも考慮し、主文掲記の量刑が相当であると思料した次第である。

以上の理由によって、主文のとおり判決する。

(裁判官 泉山禎治)

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